8Jun

はじめに
「そんなに怒ることではないのに」「なぜあの場面でそこまで動揺するのか」・・・周囲からそのように見える反応の背景には、長年にわたって自分の感情を抑えながら周囲に合わせ続けてきた体験が、静かに蓄積されていることがあります。
「怒ってはいけない」「嫌と言ってはいけない」「空気を読まなければならない」・・・このような環境のなかで育ったり、長く過ごしてきた方は、自分の感情よりも周囲への適応を優先することが「当たり前」になっていきます。しかしその適応は、決してこころの中で消えてなくなるわけではありません。
今回は、過去に積み重ねてきた「合わせ続けた体験」が、なぜ現在の人間関係において思いがけない強さの反応として現れてくるのか、その心の構造について考えてみたいと思います。
「合わせるしかなかった」という選択の積み重ね
人は本来、自分の感情や違和感をある程度表現しながら他者と関わります。不満があれば伝え、嫌なことには「嫌だ」と言える。そのやりとりを通じて、人間関係は少しずつ調整されていきます。
しかし家庭や学校、職場などで、感情を出すことが許されない環境が長く続くと、こころはその感情をどこかへ押しやることを覚えていきます。「我慢すれば収まる」「波風を立てないほうが安全だ」。そのような経験が繰り返されると、次第に自分の感情に気づく前に、周囲に合わせることが先に動き出すようになります。
これは弱さではありません。むしろ、その場その場を何とか生き延びるために身につけた、精一杯の適応です。ただ、その適応が長く続くほど、表には出てこなかった感情は、こころの奥に少しずつ蓄積されていきます。

反応しているのは「今の相手」だけではないことがある
こころの反応は、花粉症のアレルギーに似たところがあります。初めて花粉が体内に入ったとき、すぐには症状が出ません。しかし体はすでに「異物として記憶」していて、二度目以降に同じものが入ってきたとき、過剰に反応するようになります。
こころも同じような仕組みを持っています。過去に感じたが表現できなかった感情——怒り、悲しさ、理不尽さ、悔しさ——は、似たような状況が目の前に現れたとき、一気に動き出します。今の相手の言葉や態度が、過去の記憶と重なった瞬間、本来の状況以上の強さで反応してしまうのです。
本人にとっては「今の出来事への反応」と感じています。しかし実際には、過去に行き場を失った感情が、現在に流れ込んでいる状態であることがあります。だからこそ、周囲から見ると「なぜそこまで」と映るほどの強さになることがあるのです。
「過剰反応」は弱さではなく、長く合わせ続けた証拠
過去に何度も傷ついた体験のある方ほど、次の危険を早く察知しようとする傾向があります。ほんの少しの違和感にも敏感に反応し、避けようとする。あるいは、逆に強く出て自分を守ろうとする。こうした反応は、周囲からは「扱いにくい」「すぐ怒る」と映ることがあります。
しかし逆説的に言えば、過剰反応しやすい方ほど、それだけ長く、深く、周囲に合わせ続けてきた方であることが多いのです。感情を抑えることが上手だったからこそ、その分だけ蓄積も大きくなっています。「なぜ自分はこうなのか」と自分を責めてしまう方もいますが、その反応の激しさは、むしろこれまでいかに自分を抑えて生きてきたかの、ひとつの表れとも言えます。
「今ここ」の感覚と、「過去の記憶」を少しずつほぐしていく
こころの過剰反応は、「今感じていることが、過去の何と重なっているか」を少しずつ見ていくことで、変化の糸口が見えてくることがあります。ただ、この作業は「感じるままに受け入れる」とは少し違います。
長く合わせ続けた体験のある方にとっては、感じるままに受け入れてしまうと、過去の価値観や感情パターンをそのまま繰り返してしまうことがあります。むしろ「今感じているこれは、いつ頃から自分のなかにあるものだろうか」と、少し距離を置いて眺めてみることが、ひとつの手がかりになります。
過剰反応してしまうことは、これまで必死に適応してきた結果でもあります。それを責めるのではなく、「なぜそうせざるを得なかったのか」を少しずつ言葉にしていくこと——その積み重ねが、今の人間関係を少し楽にしていく道につながることがあります。
最後に
川崎市のメンタルクリニック・心療内科・精神科『川崎沼田クリニック』では、さまざまな精神的なお悩みをお持ち方の診察を行っております。下記HPよりお問い合わせください。
https://kawasaki-numata.jp
院長プロフィール
川崎沼田クリニック 院長
日本精神神経学会 専門医
沼田真一
平成12年、秋田大学医学部卒。
同年東北大学医学部精神科に入局後、東北会病院(仙台)嗜癖疾患専門病棟にて併行研修。
平成14年、慶應義塾大学精神科医局に移り、同時に家族機能研究所・さいとうクリニック(東京・港区)で研鑽する。
平成16年、財団法人井之頭病院(東京・三鷹)で、アルコール依存症専門病棟担当医。
平成17年よりはさいとうクリニックで、アルコール依存・摂食障害・DV(虐待)・ひきこもりなど家族問題と精神疾患に従事する傍ら、産業医としての診療や各種のハラスメントなど組織内の人間関係問題に対する相談業務を担う。







