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こころ、こんにちは。ブログ

    川崎沼田クリニック

過去の取り返し③ : マイルールを押しつける人

 
 
謝罪の言葉
 

はじめに : なぜ自分のルールを他人に守らせるのか

※本稿の「マイルール」は正式な診断名ではなく、本人の経験から生まれた個人的な決まりを指します。職場の正式な規則や必要な業務指導とは区別して扱います。

職場には、規則に書かれていない独自の決まりを周囲に求める人がいます。「始業時刻よりかなり早く来るべきだ」「先輩より先に帰ってはいけない」「忙しそうな人がいれば、言われる前に手伝うべきだ」。本人には当たり前でも、それは職場全体で合意された規則ではなく、その人が長い時間をかけて身につけたマイルールかもしれません。

もちろん、安全や業務の質を守るための規則は必要です。経験者が新人へ仕事の手順を教えることも、押しつけとは限りません。本稿で扱うのは、業務上の必要性を説明できないのに、「普通はそうする」「私たちの頃はそうだった」と相手にも同じ振る舞いを要求し、従わない人を無責任、非常識、わがままと決めつける場合です。

こうした人を、単に細かい人、支配的な人と見るだけでは、そのこだわりの強さは理解しにくいと思います。そこには、「私はこれほど我慢してきたのに、なぜあなたは我慢しなくてよいのか」という感情があります。現在の相手にルールを守らせることで、過去の苦労を取り返そうとしているのです。

我慢してきた過去が基準になる

子どもの頃から、年長者には逆らわない、つらくても弱音を吐かない、自分の希望より家族を優先すると教えられてきた人がいます。最初の職場で、早く来る、最後まで残る、雑用を断らないことを評価された人もいるでしょう。その環境を生き抜くためには、ルールに従うことが必要だったのかもしれません。

問題は、そのとき役に立った方法が、環境が変わった後も唯一の正解として残ることです。後輩が定時に帰る。体調が悪ければ休む。仕事の範囲を確認して、引き受けられないことは断る。現在では妥当な行動であっても、我慢してきた人には「楽をしている」「自分だけ得をしている」と見えることがあります。

マイルールには、まじめさ、責任感、気配りなど、社会で褒められやすい形もあります。そのため、こだわりが問題になっていても本人も周囲も気づきにくくなります。大切なのは行動の見た目ではありません。そのルールに業務上の根拠があるのか、状況に応じて変えられるのか、守らない人を罰したくなるほど強くこだわっていないかを見る必要があります。

いじめ

他人の自由が自分の過去を否定する

後輩が自分ほど我慢せずに認められると、「あの苦労は必要なかったのではないか」という疑問が生まれます。これは簡単には受け入れられません。自分が耐えた年月や、諦めた希望まで無意味になったように感じるからです。そこで、「あの経験は不要だった」と考える代わりに、「今の人にも同じ経験が必要だ」と考えます。

すると、他人にルールを守らせることが、自分の過去を守る行為になります。相手が早く来れば、自分が早く来続けたことは正しかったと思える。相手が休まず働けば、自分が休めなかったことにも意味が生まれる。従わない人を見るたびに不安や怒りが起こり、注意して従わせると一時的に落ち着きます。しかし別の人が自由に振る舞えば、また同じ不安が戻ります。この反復は依存症と似ています。

さらに、かつて自分を従わせた親や先輩には言えなかった怒りが、現在の部下や同僚へ向かうことがあります。本当は「なぜ私にそこまで我慢させたのか」と過去の相手に問いたかった。その言葉を向けられないまま、自分より反論しにくい人を従わせる側へ移ります。過去の被害を取り返すつもりが、現在の誰かに同じ負担を負わせる加害へ変わってしまいます。

マイルールの押しつけを終えるために

周囲ができるのは、その人の人格や年代を責めることではありません。「それは職場の規則なのか」「何のために必要なのか」「全員に同じ基準で求められているのか」を具体的に確認します。業務上必要なことは正式な手順にし、個人の好みであれば他人へ強制しないという境界線を共有します。繰り返し叱責が起きる場合は、記録を残し、上司や担当部署を通じて対応する必要があります。

本人には、「このルールを守らない人を見ると、なぜこれほど腹が立つのか」という問いが役立ちます。怒りの奥にあるのは、規則への忠誠だけではなく、自分が我慢したのだから報われたいという願いかもしれません。「誰に従わされたのか」「何を諦めたのか」「本当は誰に文句を言いたかったのか」と考えると、現在の相手に過去の役をさせていたことが見えてきます。

後輩が同じ苦労をしなくても、自分が努力してきた事実は消えません。

過去の方法が当時の自分を支えたことと、その方法を今の他人にも強いることは別です。

必要なのは、苦労を次の世代へ引き継がせることではなく、「あれほど我慢しなくてもよかったのかもしれない」という悔しさや悲しさを自分の感情として引き受けることです。それができると、過去への忠誠を保つために現在の人間関係を使う必要がなくなります。過去の取り返しは、誰かに同じ代償を払わせることでは終わらないのです。

 

院長プロフィール

川崎沼田クリニック 院長
日本精神神経学会 専門医

沼田真一

沼田真一

平成12年、秋田大学医学部卒。
同年東北大学医学部精神科に入局後、東北会病院(仙台)嗜癖疾患専門病棟にて併行研修。
平成14年、慶應義塾大学精神科医局に移り、同時に家族機能研究所・さいとうクリニック(東京・港区)で研鑽する。
平成16年、財団法人井之頭病院(東京・三鷹)で、アルコール依存症専門病棟担当医。
平成17年よりはさいとうクリニックで、アルコール依存・摂食障害・DV(虐待)・ひきこもりなど家族問題と精神疾患に従事する傍ら、産業医としての診療や各種のハラスメントなど組織内の人間関係問題に対する相談業務を担う。

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