3Apr

今回は産業医を兼任している立場から、昨今会社側が遭遇するパワーハラスメントの「訴え」について述べます。
実は当初ハラスメントが問題視されたとき、その問題点のそもそもは「受け入れなかったらどうなるかわかっているのか」という関係性の圧力の中で、その要求を拒否することができないだろうことを加害者側が利用し、相手に行動や抑圧の強制を強いるという状態でした。
いまは厚労省6項目の名のもとに、この原点は必ずしも満たされなくなってきました。もちろんパワーハラスメントが広義になってきたことによるところも大きいのですが、大切なのは「訴えることが出来ない場面を作り上げている」という関係性や体制です。(従って以前に言われていたいわゆる「お局」という職場関係性は、パワーハラスメントに十分該当することにならざるを得ません。)
一方でこのような体制がありながら、自分側の事情でパワーハラスメントを訴えてくるという相談も受けます。今回はこのような情勢を踏まえて述べていきます。
パワハラを訴える若手社員の対応
ハラスメントが課題となってきてから、もちろん指導する側も気をつけるようになりましたが、一方でパワハラを訴える被害者が多くなりました。その中にはどう見てもパワーハラスメントにならない事例であっても、「私はパワハラにあった」と言って訴えてくる人がいます。
もちろん精神科の世界には、昔もPTSDとかアダルトチルドレンとか、被害者の言葉をするときに流行る言葉がその都度、その都度プラカードのように掲げてくると言う前提はありましたが、今回もパワハラと言う言葉が盛んに言われるようになると、私はパワハラの被害者であると訴えたくなる状況が増えてきました。
これによって指導者の方も困るでしょう。当院にも会社の人事労務の方が企業相談に来ています。その内容は多くは、上司や同僚の人はハラスメントをしたつもりはなく、指導したつもりに過ぎないのに、パワハラと訴えられたというものです。この時は第三者がいることもあり、指導や教育などでありおそらくパワーハラスメントには該当していないと考えられます。しかし意外に執拗に被害を訴える事例があります。

訴える人の過去の個人事情を慮る
実際の臨床では、このようにパワハラ被害を訴えて、クリニックにやってきた方に対して、自分側の事情がどのぐらい影響しているかを見つめます。これは感度の高さを見つめることです。
もし過去に虐待や理不尽な暴力を振るわれてきた人は、今のパワハラを取り締まる情勢もあいまって、「私に理不尽な言い回しをしてきた」という、過去の取り返し願望も被って強くなるでしょう。つまり本当は過去や別の相手に訴えたかったが、それが不可能だったという前提があり、今回被ったような体験をで「倍返し」のように、過去の傷つき体験までを併せて払拭しようとします。
実はこれは俗にいうずるいや卑怯ではありません。人間の記憶に伴う「脳のいたずら」と考えた方が無難です。治療の中では、過去の経験によって、現在までにどれほど被害的感覚に対して感度が高くなっているか、どのようにもたらされてきたかを掘り下げていくことになります。
もちろん企業は個人事情には入れないので、「ひょっとしたら過去に何かひどい目にあったのですか?」と立ち入ることが堂々と出来るものではないでしょう。しかし企業の人事労務担当者の方は、このような個人の事情も有することを頭の隅で慮って頂ければと存じます。
決して被害者は意図的に訴えているわけではありません。自分の被害者感度の高まりとその経緯に気づききれてないのです。どのような流れでこのような感度の高さを呈しているのかの視点に立ち、過去を掘り下げ、かつ過去と距離を体感的に取っていけるように誘っていくことが治療となります。これには言葉によって解釈し、外在化していく過程が必要になります。
過去を無理に補わなくても良くなったときは、「あの時は辛いことがあったけれども、これからの生き方には響かない」という思えるようになってきます。その時には被害者感度およびこれが転じて攻撃性の衝動に駆られることが少なくなっていくでしょう。