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こころ、こんにちは。ブログ

    川崎沼田クリニック

むつける人は、なぜ「嫌だった」と言えないのか―不機嫌という形を借りた「察してほしい」心理(後編)

 
 
空に向かって手をかざす様子
 

はじめに

仙台弁に「むつける」という言葉があります。標準語にすると、拗ねる、ふてくされる、へそを曲げる、不機嫌になる、あたりが近いのかもしれません。しかし、どれも完全には一致しません。

むつけるという言葉には、ただ怒っているだけではない独特の湿度があります。自分の不満をはっきり主張するのではなく、かといって何も感じていないわけでもない。「別にいいよ」と言いながら、どこか空気が重くなる。そんな状態です。

前回の記事では、むつけるとは「不機嫌という形を借りた、察してほしい」であると書きました。今回はさらに一歩進めて、なぜ人は「嫌だった」と言えずに、むつけてしまうのかを考えてみたいと思います。

▼前編をまだご覧でない方はコチラ

「嫌だった」と言うことへの恥ずかしさ

むつける人の心の奥には、単純な怒りだけではなく、恥ずかしさがあります。

本当は嫌だった。

本当は寂しかった。

本当は傷ついた。

本当は期待していた。

しかし、それを言葉にすることに抵抗があるのです。「嫌だった」と言うことは、自分が相手に影響されていることを認めることでもあるからです。

「あなたの言葉で傷つきました」と言うのは、自分の弱さを見せることでもあります。「本当は期待していました」と言うのは、自分が相手に求めていたことを認めることでもあります。

そのため、本人の中では「そんなことで傷ついたと思われたくない」「子どもっぽいと思われたくない」「負けたように感じる」という気持ちが働きます。すると、素直に嫌だったとは言えなくなります。

「別にいいよ」は、本当に別にいいのではない

むつける場面でよく出てくる言葉が、「別にいいよ」です。

しかし、この「別にいいよ」は、本当に納得した言葉ではありません。むしろ、「これ以上、自分の本音を見せたくない」という防衛の言葉です。

嫌だったと言えば、自分の傷つきが表に出ます。寂しかったと言えば、相手に求めていた自分が見えてしまいます。だから「別にいいよ」と言って、いったん感情を引っ込めるのです。

ところが、引っ込めた感情は消えません。言葉には出さないけれど、態度には残ります。返事が短くなる。目を合わせなくなる。協力しなくなる。空気が冷たくなる。

つまり、むつけるとは、言葉では隠した感情が、態度から漏れ出している状態なのです。

むつける人は、相手に無関心なのではない

ここで大切なのは、むつける人は相手に無関心なのではない、ということです。むしろ、相手への強い関心が残っています。

本当にどうでもよければ、不機嫌になる必要はありません。黙って離れればよいだけです。

しかし、むつける人はその場に留まります。不機嫌を漂わせながら、相手が気づくのを待ちます。そこには、「わかってほしい」「気づいてほしい」「本当は私の気持ちを汲んでほしい」という期待があります。

この意味で、むつけるとは攻撃というより、伝えそこねた願いです。

ただし問題は、その願いが言葉になっていないことです。言葉にならない願いは、相手には非常にわかりにくいものになります。相手は責められているようにも感じますし、どう対応すればよいのか困ってしまいます。

自分自身

察してもらう世界から、言葉にする世界へ

子どもは、自分の感情をうまく言葉にできません。だから、泣く、黙る、ふくれる、不機嫌になるという形で表現します。これは発達の途中では自然なことです。

しかし大人の人間関係では、少しずつ「察してもらう」から「伝える」へ移行していく必要があります。

「私は嫌だった」

「その言い方は悲しかった」

「本当は期待していたので残念だった」

このように言葉にすることは、相手を責めることではありません。むしろ、自分の感情に責任を持つことです。

もちろん、すべてをすぐに言葉にできるわけではありません。傷ついた直後は、誰でもむつけたくなることがあります。大切なのは、その不機嫌の奥に何があるのかを、自分で少しずつ見つめることです。

おわりに

むつけるとは、単なるふてくされではありません。そこには、「嫌だった」と言えない恥ずかしさがあり、「子どもっぽい自分を見せたくない」という防衛があり、それでも相手にわかってほしいという願いがあります。

だからこそ、むつける人をただ責めても解決しません。かといって、周囲がずっと察し続ける関係も苦しくなります。

必要なのは、「別にいいよ」の奥にある本音を、少しずつ言葉にしていくことです。

むつけることから、伝えることへ。

それは、子どもっぽさを捨てるというより、自分の傷つきや期待を恥じずに扱えるようになることなのだと思います。

川崎市のメンタルクリニック・心療内科・精神科『川崎沼田クリニック』では、さまざまな精神的なお悩みをお持ち方の診察を行っております。下記HPよりお問い合わせください。
https://kawasaki-numata.jp

 

院長プロフィール

川崎沼田クリニック 院長
日本精神神経学会 専門医

沼田真一

平成12年、秋田大学医学部卒。
同年東北大学医学部精神科に入局後、東北会病院(仙台)嗜癖疾患専門病棟にて併行研修。
平成14年、慶應義塾大学精神科医局に移り、同時に家族機能研究所・さいとうクリニック(東京・港区)で研鑽する。
平成16年、財団法人井之頭病院(東京・三鷹)で、アルコール依存症専門病棟担当医。
平成17年よりはさいとうクリニックで、アルコール依存・摂食障害・DV(虐待)・ひきこもりなど家族問題と精神疾患に従事する傍ら、産業医としての診療や各種のハラスメントなど組織内の人間関係問題に対する相談業務を担う。

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