10Aug

加害者にさせないために
臨床の現場では、虐待やDVだけでなく、職場や地域社会での人間関係においても「加害者にさせない」という目標を大切にしています。加害行動は、必ずしも意図的な悪意から生まれるわけではありません。むしろ、その多くは、心の奥にたまった不安や孤独感、未処理の感情が、ある出来事や関係をきっかけに表面化してしまうことで起こります。
例えば、職場のベテランが何気なく発する強い言葉や態度が、周囲に圧迫感を与えてしまう場合があります。それは、相手を支配しようという計画的な意図ではなく、自分を守るための習慣的な反応や、立場を維持しようとする無意識の行動であることも少なくありません。こうした小さな行き違いが積み重なると、職場の空気は硬直し、互いに距離を置く関係になってしまいます。
感情の漏れと背景にある構造
人は誰しも、日常の中で感情が漏れ出す瞬間があります。疲れやストレスがたまったとき、つい口調がきつくなったり、表情に苛立ちが出たりするのは自然なことです。ただし、この「感情の漏れ」が繰り返され、相手に恐怖や不信感を抱かせるレベルになると、関係は大きく揺らぎます。
虐待やDVのような深刻な加害行為と、職場での小さな圧力や皮肉には、一見距離があるように思えます。しかし心理的な構造には共通点があり、どちらも「相手に与える影響を十分に意識できない状態」で行われるという特徴を持ちます。
家族関係の歪みも、この構造に深く関わっています。社会の中で「頼れる人」や「信頼している人」に対して、かえっていざこざを持ち込んでしまうことがあるのです。一見すると矛盾して見える行動ですが、その背景には、育った家庭での経験が影響しています。例えば、頼っていた両親に文句を言えなかった人が、大人になってから頼っている他人に不満をぶつけてしまうケースです。
心理学的には、これは「投影」と呼ばれる現象で、過去に抑え込まれた感情が、安全そうに見える相手に向けられてしまうのです。こうした背景を理解できれば、表面的な攻撃性の裏にある本当の感情やニーズが見えてきます。

加害者にさせないためにできること
加害者にさせないためには、表面的な行動だけでなく、その背後にある心の動きに目を向ける必要があります。
まず大切なのは、感情を安全に出せる場をつくることです。これは、家庭や職場といった日常の場面でも同じです。安心して弱音や不安を表現できれば、防衛的な態度や攻撃性に頼らずにすみます。
また、攻撃的に見える行動の裏には、不安、孤立感、あるいは「自分の価値が脅かされる感覚」が潜んでいることが多くあります。そこに目を向けることで、相手を一方的に「加害者」として切り捨てず、関係修復の糸口を探ることができます。
被害を受けた人が加害者に転じないための支援も重要です。過去の経験による感情や反応パターンは、意識しなければ繰り返されやすいものです。臨床の場では、その連鎖を断ち切るために、過去の感情に触れ直し、別の方法で関係を築く練習を重ねます。
「加害者にさせない」という目標は、単に被害を減らすためだけでなく、社会全体の心理的安全を守ることにつながります。それは、誰かを守るためだけでなく、加害に傾きかけた人自身を守ることでもあるのです。