7Jul

はじめに
私は仙台出身で、不機嫌を表す方言「むつける」という言葉には、どこか懐かしさがあります。子どものころから何気なく聞いてきた言葉ですが、あらためて考えると、標準語にぴったり置き換えるのが難しい言葉です。
「怒る」とも違う。「すねる」とも少し違う。「ふてくされる」が近いようで、それだけでもない。精神科医として考えると、むつけるとは「不機嫌という形を借りた、察してほしい」という心理に近いのではないかと思います。
「ふてくされる」とは少し違う
ふてくされるという言葉には、どこか投げやりな響きがあります。もうどうでもいい、勝手にすればいい、という反抗的な態度が前に出ます。
一方で、むつける人は相手を完全に突き放しているわけではありません。口数は減り、態度は硬くなり、不機嫌にはなる。しかしその奥には、「本当はわかってほしい」という期待が残っています。
つまり、むつける人は怒りをはっきり主張しているのではなく、自分が嫌だったことに相手が気づいてくれるのを待っているのです。ここに、むつける心理の独特さがあります。
「別にいいよ」の奥にある恥ずかしさ
むつける場面では、しばしば「別にいいよ」という言葉が出てきます。ところが、実際には少しもよくありません。本当にいいのであれば、その後の空気は軽くなるはずです。
むつけているときには、返事が短くなり、表情が硬くなり、周囲は「何か怒っているのかな」と感じます。それでも本人は「怒っていない」と言うかもしれません。
ここで起きているのは、感情の否認です。「嫌だった」と口にすることが、本人にとって恥ずかしいのです。そんなことで傷ついた自分を認めたくない。子どもっぽいと思われたくない。相手に期待していた自分を見せたくない。
だから、「嫌だった」とは言わずに「別にいい」と言う。しかし、嫌だった気持ちは消えていません。言葉では否定しながら、態度では不機嫌が続くことになります。
不機嫌という形を借りた「察してほしい」
むつける人は、「私は不機嫌です」とは言いません。むしろ、表面上は何でもないふりをします。しかし、相手には伝わるように不機嫌でいる。ここが重要です。
むつけるとは、自分の感情を直接伝えるのではなく、相手に察してもらうための回り道なのだと思います。言葉で伝えるのではなく、空気で伝える。説明するのではなく、気づかせようとする。
子どもは自分の感情をうまく言葉にできません。寂しい、悲しい、期待していた、裏切られた、という複雑な気持ちを説明できないため、黙る、ふくれる、不機嫌になるという形で表現します。
大人になっても、強く傷ついたときや、相手に甘えたい気持ちがあるとき、人はこの子どもの方法に戻ることがあります。それが、むつけるという形で現れるのかもしれません。

夫婦・親子・職場で起きていること
夫婦であれば、記念日を忘れられた側が「別に気にしていない」と言いながら、その晩ずっと口数が少なくなる。親子であれば、約束を後回しにされた子どもが、夕食のときに急にそっけなくなる。職場であれば、自分だけ会議に呼ばれなかった人が、翌日から必要最低限の返事しかしなくなる。
形は違っても、起きていることは同じです。「嫌だった」と言葉にする代わりに、不機嫌という空気で伝えようとしている。そして、相手が気づいてくれるのを待っている。むつけるは仙台の方言ですが、そこで起きていることは、どの土地の人間関係にもあります。
「察してほしい」から「伝える」へ
むつけること自体が、すべて悪いわけではありません。誰でも傷つけば、すぐには言葉にできないことがあります。むしろ、むつける心の奥には、相手をまだ必要としている気持ちが残っています。
ただ、むつけるだけでは関係は進みません。相手が察してくれれば一時的には収まるかもしれませんが、いつも察してもらえるとは限りません。察してもらえないことで、さらに不機嫌が深まることもあります。
大人の関係では、「わかってほしい」と願うだけでなく、「私はこう感じた」と伝えることが必要になります。「別にいい」と言いたくなったとき、本当は何が嫌だったのか。何を期待していたのか。何を恥ずかしいと思っているのか。そこに目を向けることが大切です。
おわりに
仙台弁の「むつける」は、単なる方言ではなく、人間の感情表現をよく表した言葉だと思います。
むつけるとは、不機嫌という形を借りた「察してほしい」です。その奥には、「嫌だった」と言うことへの恥ずかしさや、子どもっぽい自分を見せたくない気持ちがあります。
人間関係は、察してもらうことから始まることもあります。しかし、長く続く関係には、やはり言葉が必要です。「別にいい」の奥にある本音を、少しずつ言葉にしていくこと。それが、むつける心から一歩抜け出す道なのかもしれません。
川崎市のメンタルクリニック・心療内科・精神科『川崎沼田クリニック』では、さまざまな精神的なお悩みをお持ち方の診察を行っております。下記HPよりお問い合わせください。
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院長プロフィール
川崎沼田クリニック 院長
日本精神神経学会 専門医
沼田真一
平成12年、秋田大学医学部卒。
同年東北大学医学部精神科に入局後、東北会病院(仙台)嗜癖疾患専門病棟にて併行研修。
平成14年、慶應義塾大学精神科医局に移り、同時に家族機能研究所・さいとうクリニック(東京・港区)で研鑽する。
平成16年、財団法人井之頭病院(東京・三鷹)で、アルコール依存症専門病棟担当医。
平成17年よりはさいとうクリニックで、アルコール依存・摂食障害・DV(虐待)・ひきこもりなど家族問題と精神疾患に従事する傍ら、産業医としての診療や各種のハラスメントなど組織内の人間関係問題に対する相談業務を担う。







