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    川崎沼田クリニック

「ばかばかばか」と叩く女性を抱きしめてはいけない : 言葉を奪う抱擁の構造

 
 
暴力をストップする様子
 

はじめに

泣きながら「ばかばかばか」と胸を叩く女性を、男性が黙って抱きしめる。ドラマではその瞬間に「To Be Continue」となり、あたかも二人は分かり合えたかのような余韻が残ります。

しかし臨床的に見ると、言葉を交わさないまま情動だけを鎮める関係は、未処理感情を残し、依存や再演を強める危険を含みます。本稿では、抱擁がなぜ一見美しく、しかし長期的には芳しくない構造を生むのかを、投影性同一視や愛着理論の視点から考察します。

ドラマが切り取る「わかり合えた」という幻想

ドラマの名場面は、感情の頂点で切られます。「ばかばかばか」と泣きながら相手の胸を叩く女性を、男性が黙って抱きしめる。そして画面は暗転する。視聴者はそこで、言葉を超えた理解が成立したと感じます。

しかし実際には、何も言語化されていません。何が起きたのか、何に傷ついたのか、どこに怒りの根があるのか、それは扱われないままです。

抱擁は情動を鎮めます。身体接触はオキシトシン分泌を促し、不安を下げる効果があります。ウィニコットが述べたように、情動を抱える「holding」は発達的に重要です。しかしholdingは本来、やがて言葉へと橋渡しされるべき過程です。

コーヒーカップ 2つ

抱きしめて終わる関係が残すもの

抱きしめて終わる関係では、感情は鎮静されても統合されません。ここで起きやすいのが、メラニー・クラインのいう投影性同一視です。

耐えがたい怒りや無力感を相手に預け、相手がそれを受け止めることで一時的に楽になる。しかしその感情は本人の中で意味づけられていないため、再び同じ形で噴き出します。

抱擁が繰り返されると、泣く側は「受け止めてもらえばよい」と学習し、抱く側は「受け止め続ける役割」に固定されます。こうして関係は非対称になり、やがて疲労と失望を生みます。安心だけで結ばれた関係は、構造を持ちません。

言語化が関係を成熟させる

大切なのは、抱きしめた後に「何があったの」「どこが一番つらかったの」と問いを差し出すことです。言語化とは、感情を出来事と結びつけ、自分の経験として引き受け直す作業です。

ボウルビィの愛着理論が示すように、安全基地は探索を可能にするためにあります。抱擁は出発点であって、結論ではないのです。情動を受け止めることと、言葉にして整理すること。その両方があって初めて、関係は成熟します。

 

院長プロフィール

川崎沼田クリニック 院長
日本精神神経学会 専門医

沼田真一

平成12年、秋田大学医学部卒。
同年東北大学医学部精神科に入局後、東北会病院(仙台)嗜癖疾患専門病棟にて併行研修。
平成14年、慶應義塾大学精神科医局に移り、同時に家族機能研究所・さいとうクリニック(東京・港区)で研鑽する。
平成16年、財団法人井之頭病院(東京・三鷹)で、アルコール依存症専門病棟担当医。
平成17年よりはさいとうクリニックで、アルコール依存・摂食障害・DV(虐待)・ひきこもりなど家族問題と精神疾患に従事する傍ら、産業医としての診療や各種のハラスメントなど組織内の人間関係問題に対する相談業務を担う。

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