18Oct
今回はPTSD 診断基準で誤解を受けるポイントを示します。
診断の流行と、実際の臨床上のポイントの違い
皆さんの主なイメージとは異なるところもあるかもしれませんが、精神科・心療内科領域でも、心理検査や画像材料など可視化できるツールにより診断することも多くあります。例えば「認知症」や「頭部外傷後遺症」など後天性の器質障害が該当するでしょう。あるいは「ADHD (注意欠陥多動性障害)」や「アスペルガー障害」、「精神発達遅滞」などの先天性の障害の中にも検査が欠かせません。また現在ではうつ病や統合失調症などでも、可視化ツールがもたらされつつあります。将来にはさらに大きく活かされることが期待されています。
また科学ですから、診断には診断基準があります。しかし精神科・心療内科領域では、与えられた診断基準を当てはめていく際に鍵を握るのは、むしろ「文章化できていない箇所」の分別に委ねるところが大きいです。専門家として診察や治療の中で、これら与えられた明文化を具体的に落とし込んでいけるかが、身体化と比較して可視化領域が少ないと言わざるを得ない、我々精神科・心療内科領域に携わる人間の価値なのかもしれません。
世間の流行が生まれやすいメンタルヘルス領域
精神科・心療内科領域には皆さんも感じているように、流行があることは否定できません。1990年代には、今回示すPTSD(心的外傷後ストレス障害/外傷後ストレス障害)が流行りました。その後は俗語で診断基準用語ではないのも含めて、アダルトチルドレン、○○癖、アスペルガー障害などの発達障害が注目されました。最近では他人に対して敏感にやりやすい人を称するHSP (High Sensitive Person)や、今年になっては「親ガチャ」という言葉も生まれました。ネットの汎用もあるのでしょう。
そこで今回はまずPTSDに対して、実際の臨床上の態度や様子はどのようかというのをポイントにします。
PTSDの実臨床の大きなポイント : 適応障害や不安障害との違い
前段で精神科診断や言葉の流行について述べましたが、流行に伴って誤解が生みだされます。いろいろと調べたうえで、PTSDや発達障害をある意味主張する当時者や家族の方もいますので、我々精神科医は正しく説明する場面が多くなります。
さてPTSDはそれが単純性でも複雑性PTSD でも、「侵入回想」「回避・麻痺」「覚醒更新症状」の3つが全て揃うという条件があります。今回誤解を招く大きな分岐点として、「回避・麻痺」の内容を取り上げます。
PTSDでは確かに「回避・麻痺」がありますが、前提条件として「過去の辛辣な場面や体験は既に完了していて、また同じようなことは起こらない」ことがあげられます。つまり「もう当時と同じ場所や体験に遭遇することはない」とわかっているのに、過剰に回避してしまう違和感をPTSD の当事者は認識しています。
これに対してPTSDの基準までは満たさない、不安障害や気分障害、あるいは適応障害の場合は、「あの場面に戻ることを考えると怖くなる」という想いを、PTSDの「回避・麻痺」の一つの基準と誤解する傾向があるように見受けられます。PTSD の場合は、たとえ「侵入回想」させるきっかけが、TVのニュースなどいま目の前の生じたとしても、「過去のあの時の不安が、今後また起こるかもしれない」という心配ゆ不安の方向性ではありません。このようにこの先についての心配を、過去の自分の体験からリンクさせた形の不安を「予期不安」といいますが、PTSDの回避はこの「予期不安」に基づくものではありません。
コミュニティ参加への「回避」とは異なります。
以上のように、先々のことを考えて心配や不安になるというのはPTSDとは異なります。仮に過去にPTSDと診断された方でも、将来の心配を想像できるようになってきたので症状自体には回復してきたと捉えることが多いでしょう。多少繰り返しになりますが、回避は「やりたくもないのにやっている」ことであり、社会への回避に向けての「欲求」や「主張」とは異なります。
ひとつの具体例として、各種ハラスメントで休職をせざるを得なくなった方が、会社での理不尽な出来事を基準にして「もう会社には戻りたくない」と訴える、あるいは「他の会社で同じような場面に遭遇したくないので、いまは社会に出たくない」と主張することはPTSDの状態では生じません。PTSDの実際は、侵入回想やそれに伴うフラッシュバックの結果として「辛い思いをした状況が思い出された」ことに対し、むしろ何らかの罪悪感に駆られていることが多いです。
このようにPTSDをとっても、上述のようなポイントを診断基準として示すのには限界があります。しかし精神科医はこのような文面されていない流れを大切にしながら、日々診療をしています。
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