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    川崎沼田クリニック

【PTSD再考2】複雑性PTSD(単純性から複雑性へ)

ptsd症状

複雑性PTSDへの発展の契機

前編において、PTSD(心的外傷後ストレス障害 / Post Traumatic Stress Disorder)の歴史、症状、実際の臨床像を述べました。まだ読まれていない方はぜひ下記の記事を一度ご覧ください。
【PTSD再考】単純性PTSDから複雑性PTSDへ

PTSDの概念の初期は、「明らかにこの出来事が誘因と断定できる辛辣な事象」が明確であり、またその出来事に伴う様々な症状や反応がみられる症候群となっていました。

しかし1990年半ばに、断定できる一つの出来事が契機と断定できない中でPTSDの症状が出現する状態が発表されましした。これをその後「複雑性PTSD」 と呼ぶことになります。当時複雑性PTSDと呼ぶことに対して議論はありましたが、臨床事象としてとりあげられることは多くなりました。よって前編でのベトナム戦争帰還兵の様子や、殺人事件や交通事故など突発的で不慮な出来事を被ったことに伴うトラウマ、すなわちPTSDは、単純性PTSDとして分けて考え、診断こともありました。ここでは単純性PTSDの呼称を使って示していきます。

複雑性PTSD

白衣 医師 

まずPTSDとは、その辛辣な体験の期間は一瞬でも長期でも問いませんが、その出来事が既に完了した後に、その時の体験を想起させること(トラウマのようなもの)に伴い症状や状態像を呈することを示します。その中で単純性PTSD とは、出来事が概ね一つの体験に限定されます。

一方で複雑性PTSDとは、その辛辣な体験が虐待やDVなど脈々と被り続けている間に生じてきたPTSDを示します。前編(1)記載のように、臨床症状は「侵入回想」「回避・麻痺」「覚醒更新症状」の三つが揃うことという点では同一です。一方で単純性PTSDとの実際の臨床像の違いは、以下のようなものが挙げられると思います。

「本人がその出来事を辛辣と認識できる余裕がない」

特に虐待体験は幼少期から続いていることが多いため、本人は通常や正常と感じる前に辛辣な体験が始まります。よって異常な事態を生活の一部として既に認識してしまう感覚が生まれます。「ウチのような家庭は普通と思っていた」という感覚・感情は、臨床では特別な感覚ではありません。

「虐待を受けている人に罪悪感が形成されること」

虐待やDVでは、加害者側が正当化を主張しています。加害者になる人が「私の事情でこのようなことをしているのだ」という状況は少なくとも当初にはなく、「あなたが悪いからこのようにするしかないのだ」として結果的に虐待やDVを生じています。まして児童虐待は子供が被害者ですから、その不思議さに気付かず「やられている私が良くない」という認識が先行します。そのため事態が発覚した時に、被害者が加害者をかばうこともよくあると感じます。

「これという一事象として被害者が特定出来にくいため、戸惑いが大きい」

前述のように複雑性PTSD とは、長期間に渡り脈々とした体験によるものです。単純性PTSDのように、「ある時点」あるいは「ある期間」の出来事として本人の中でも限定が出来ない場合が多いため、本人の中でも「ここが要因」としておさめることが、より難しくなっています。人はあらゆる出来事に対して「しょうがない」となる前までは、特に自分に降りかかったものに対してはその原因を特定し、納得や防衛をして次につなげるようとします。しかし長期間においてまるで潜むように被った体験は、「これが原因」「誰が原因」として的が絞れず、わが身に生じていることに納得感を得るのに時間を要します。また上述のように「罪悪感形成」も重なり、「私なんかより」と治療にひるむことも考えられます。

「周囲との対人関係問題への発展や世代連鎖」

(3)で示したように複雑性PTSDの場合は、単純性PTSDに比べて当時者は「わけがわからない」ことが多くあるため、知らず知らずのうちに他者にも波及しています。よって虐待やDVであれば、過去の被害者がその後の加害者に回ることもあります。また組織に発展してのパワーハラスメント、あるいは女性社員同士における「お局」「マウンティング」などのモラルハラスメントに発展することもあります。いずれも「知らないうちに」日常的に被り、解決策を持つ余裕がなく続けば、いつのまにか「自分が嫌だったやり方を知らず知らずに」無意識に他人に行うことにも発展してしまいます。

【複雑性PTSDについて】まとめ

「私はこのようにされてきたのだから、あなたにこのようにするのは当然だ」という主張は、複雑性PTSDと診断された方にはまずありません。むしろ例えば自分が虐待被害体験者と認識している場合、「私が被ってきたようなことを私が他人に振る舞うことは絶対にしない」「自分がトラウマになった出来事は他人に対してしたくない」と強く感じてきた人が多いです。それにもかかわらず、被ってきた体験の印象が強くて他のコミュニケーションが優先的に思い浮かばないために、結果、同じようなことをしてしまっています。よってその感情的な激しい言動や考え方を指摘されて、本人の罪悪感が必要以上に高まってしまう傾向がよくみられます。

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沼田真一
川崎沼田クリニック 院長
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