20Apr

共感と巻き込みのあいだで
「どこまでが自分で、どこからが相手なのかがわからない」──こう感じる人は少なくありません。特に過去にトラウマ体験を抱えた人は、人との距離感が極端に近くなったり、逆に誰にも触れさせないようになったり、どちらかに偏る傾向があります。心の傷を負ったとき、人は境界線を引くことに恐れを抱きます。「嫌われるのでは」「見捨てられるのでは」といった不安が、相手との距離の調整を難しくしてしまうのです。
そうして曖昧になった境界線の中で、相手に自分の感情が乗り移ったり、逆に相手の怒りや悲しみを自分のもののように感じてしまったりする。これは「共感性」や「優しさ」とは少し違う、“巻き込まれ”の状態とも言えるでしょう。
トラウマを抱えた人は、「分かってほしい」という気持ちが強い一方で、「分かりすぎること」にも無防備になりやすいという二重の構造を持っています。だから、時に些細なひと言に傷ついたり、相手の感情の波に呑まれやすくなったりします。
これらはすべて、過去の記憶と現在の出来事が、無意識のうちに重なり合ってしまうことから起こります。「あの時」と「今」が繋がって感じられるために、防衛的な反応や過敏な受け止めが起こりやすくなるのです。こうした「心の地続き感」が、対人関係の中での“見境のなさ”や“感情の過剰反応”として表れることがあります。

自分を保ちながら関わるということ
界線とは、「線を引いて相手を拒絶すること」ではなく、「自分と他者をきちんと分けたうえで、適切な距離をとること」です。その距離感があるからこそ、健康な共感や、必要に応じた支え合いが可能になります。トラウマの影響でその線が曖昧になっているときは、「自分はどんなときに相手に巻き込まれやすいか」「なぜその人の言葉があんなに刺さったのか」など、自分の内側を丁寧に振り返ることが大切です。
日本社会では「察する文化」や「空気を読む力」が求められる場面が多いため、境界線を保つこと自体が難しい側面もあります。ですが、本来の意味での“共感”とは、相手の感情を一体化して背負うことではなく、「その人の感じ方をその人のものとして理解すること」です。他者の痛みをそのまま自分の中に引き取らなくてもいい。むしろ、距離を取って観察し、自分を保ったまま関わることこそが、持続可能な人間関係の鍵になります。
心の境界線があいまいなままだと、他者とつながろうとすればするほど、自分のエネルギーが削られていきます。だからこそ、「これは自分の感情なのか、それとも相手のものなのか」と問い直す視点を持つこと。それが、トラウマに揺らがない自分軸を育てる第一歩になるのです。