29Apr

今回はうつ状態と依存症の流れについて、典型的なアルコール依存症を例にして述べていきます。衝動統制障害は、あくまで火山の噴火の部分に過ぎず、潜んでいるところを見つめていくことになります。
アルコールは「うつの補完」として選ばれる
うつ病を抱える人がアルコールに手を伸ばすとき、それは単なる気晴らしや習慣ではなく、「補完」のような機能を果たしていることがあります。夜になると孤独感や絶望感が押し寄せる、明日が来ることが怖くて眠れない…そのような瞬間に、アルコールは一時的に心を鎮める“補完物”として現れるのです。
しかし、その補完が繰り返されるうちに、次第に生活の中での比重が大きくなり、「依存」という形へと変わっていくことがあります。ここで大切なのは、「依存は最悪の選択ではなく、最悪の回避として使われている」という視点です。
依存とは「最悪の回避」
多くの人が誤解しているのは、「依存してしまう人は弱い」「自己管理ができない」という見方です。実際には、アルコールに依存する人の多くは、心の深いところで「もっとひどい状態」や「もっと耐えがたい感情」から逃れるために、それを選んでいます。つまり依存とは “とどのつまりの選択” であり、それ以上悪化することを自分なりに防ぐための方策と言えるのです。
このような回避行動は、生い立ちやトラウマ体験とも深く関係しています。過去に人との関係で傷ついた体験、あるいは自分が無力であると感じ続けてきた人ほど、「これ以上傷つかないための方法」としてアルコールを使うことがあります。

治療の焦点は「避けたい最悪」にある
治療の場で注目すべきことは、「なぜ依存したのか」よりも「その人が何を最悪と感じ、それをどう避けようとしてきたのか」という点です。例えば、ある人にとって最悪とは「誰にも必要とされないこと」、別の人にとっては「自分が壊れてしまうこと」かもしれません。この点も前提によって異なってくるため、決めつけずに掘り下げていきます。
依存行動をやめさせようとするだけでは、本当の意味での回復にはつながりません。本人が「その最悪」をどれほど恐れていたのか、そしてそれを避けるためにどんな工夫をしてきたのかを理解し、そのうえで「それ以外の回避方法」や「少しずつ安全なつながりを築く方法」を共に探していくことが大切です。
「自分を守ってきた方法」への敬意から始める
確かに「依存」という言葉にはネガティブな印象がつきまといますが、それを選ばざるを得なかった事情があります。アルコールは多くの場合、その人にとって“最後の砦”だったのです。私たちはその背景にある「生き延びるための知恵」であることに、まず敬意を払うようにしています。
その上で、「もう少し安全な補完物」「別の最悪の回避策」を一緒に考えていくことが、治療における重要なステップになります。それは一足飛びの解決ではなく、傷ついた過去と今の選択の間にある地図を丁寧に見つめ直すプロセスです。