9Sep

ゲーム依存では、ゲームを禁止するか時間を制限するかに目が向きがちです。しかし治療の本体は、その行為で何を払拭しているのかを考え、依存行動を使わなくても感情や現実を扱える力を構築することです。アルコールやスマホにも共通する依存症治療の視点を解説します。
依存症治療の「入口」と「本体」
ゲーム依存の治療というと、「ゲームをやめさせるべきか」「1日何時間までならよいのか」という話になりがちです。アルコール依存症では長く断酒が中心に置かれてきましたが、現在では減酒という選択肢もあります。一方、スマートフォンは連絡、決済、仕事、学校など生活そのものに入り込んでいるため、完全に使わないことを目標にするのは現実的ではありません。
もちろん、生活が破綻するほどゲームをしているなら時間を減らす必要があります。飲酒によって身体や生活が壊れているなら、断酒や減酒が必要です。
私は行動制限が不要だと言いたいのではありません。一方で「断酒か減酒か」「禁止か時間制限か」という議論そのものが、依存症治療の“入口”を“本体”と取り違えやすいと考えています。行動を止める、あるいは減らすことは重要です。しかし、それだけで「なぜその行為が必要になったのか」という問いに答えたことにはなりません。
依存行動は何を「払拭」しているのか
依存症を診ていると、私はしばしば「その行為をしている間、この人は何を見なくて済んでいるのだろうか」と考えます。
ゲームをしている間だけ、学校での劣等感を忘れられる。酒を飲んでいる間だけ、仕事や家庭の苦しさを考えなくて済む。食べて吐いている間だけ、自分の中にあるどうにもならない感情から離れられる。依存行動には、このように苦痛や葛藤を一時的に意識の外へ追いやる働きを持つことがあります。
私はこれを「払拭行為」と考えています。車のワイパーが雨そのものを消し去るわけではなく、視界を確保するために一時的に払い続けているのと同じように、払拭行為も苦痛や葛藤の原因そのものを消すわけではありません。私はこれを「ワイピング」と呼ぶこともあります。やまない雨や波風のような、本人にとって受け入れがたいストレスを、曲がりなりにも吹き飛ばし続ける動きという意味です。
ゲーム依存についても、現実からの逃避、回避的な対処、感情調整との関連が研究されています。ですから、ゲームを取り上げることと、ゲーム依存を治療することは同じではありません。ゲームを取り上げても、劣等感や孤独、家族関係の苦しさまで消えるわけではないからです。
むしろ依存行動を止めることで、それまで払拭できていたものが本人の前に再び現れることがあります。そこで必要なのは、「なぜやめられないのか」だけではなく、「それによって何を見なくて済んでいるのか」という問いです。

「〇〇依存」の〇〇だけを治療しない
依存症には、アルコール、ギャンブル、ゲームなどさまざまな名前がつきます。すると私たちは、つい「〇〇依存」の〇〇の部分に目を奪われます。
酒なら酒を止める。ゲームならゲーム時間を減らす。スマートフォンなら使用時間を制限する。これらは行動を管理する方法として必要なことがあります。しかし、どの対象をどの程度制限するかという問題と、その人がなぜその行為を繰り返し必要とするようになったのかという問題は、同じではありません。
苦痛がある → そのまま抱えることが難しい → ある行為で払拭する → 一時的に楽になる → 元の問題は残る → 再び払拭する
対象が違っていても、このような循環が存在することがあります。この循環を見ずに依存対象だけを取り除けば、その人の生きづらさは残ります。場合によっては、別の行為が同じ役割を担うこともあります。だからこそ、依存症治療では「何をやめさせるか」だけでなく、「何のためにそれが必要なのか」を見なければなりません。
依存症治療は「除去」ではなく「構築」である
では、実際の治療では何を施していくのでしょう。私は依存症治療には「構築」という視点が必要だと考えています。ワイパーを動かし続けることと、そもそも雨に濡れにくい仕組みを作ることは別の作業です。依存症治療の「構築」とは、後者の作業にあたります。
嫌な感情を言葉にできるようになる。
失敗しても自分を全否定しなくなる。
人との距離を調整できるようになる。
孤独や不安をすぐに消そうとせず、ある程度抱えていられるようになる。
現実のコミュニティと生活の中に役割や達成感を作っていく。
つまり、それまで依存行動に任せていた仕事を、少しずつ別の方法で担えるようにしていくのです。あるいは「こうでなくてはならない」と決めつけていたものを、「そうとは限らない」として、新しい捉え方や考え方を増やしていくようなものです。
このように色鉛筆を色を増やしていくようにしていけば、今度は従来の方法との使い分けになっていきます。この時はたとえ今までのやり方を使ったとしても、選んだ上での行為になります。手数がないところから仕方なく、あるいは衝動的に行動するとは異なるので、自ら選択したことに対する釈然感が生まれます。
この時にはその選んだ行動を「やってしまった」とは考えないので、後から罪悪感に駆られることがなくなります。
ゲーム時間を減らすことも、断酒することも、必要な人には大切です。しかし、それは治療の入口です。依存症治療の本体は、「その行為をどれだけ減らしたか」だけではなく、「その行為によって、何かを払拭し続けなければならなかった理由は何か」を理解することにあります。
そして最終的には、依存行動を使わなくても自分の感情や現実を扱えるものを、その人の中に構築していく。「〇〇依存」の〇〇を取り除くことだけが治療なのではありません。
「〇〇を必ず必要とし続けなくてもよい状態」を作っていくこと。私はここに依存症治療の根本があると考えています。
院長プロフィール
川崎沼田クリニック 院長
日本精神神経学会 専門医
沼田真一
平成12年、秋田大学医学部卒。
同年東北大学医学部精神科に入局後、東北会病院(仙台)嗜癖疾患専門病棟にて併行研修。
平成14年、慶應義塾大学精神科医局に移り、同時に家族機能研究所・さいとうクリニック(東京・港区)で研鑽する。
平成16年、財団法人井之頭病院(東京・三鷹)で、アルコール依存症専門病棟担当医。
平成17年よりはさいとうクリニックで、アルコール依存・摂食障害・DV(虐待)・ひきこもりなど家族問題と精神疾患に従事する傍ら、産業医としての診療や各種のハラスメントなど組織内の人間関係問題に対する相談業務を担う。







