8Mar

アルコールの問題で本当に大事なことは、釈然感の有無ではないでしょうか。
はじめに
アルコールのことで相談したい気持ちはあるのに、「病院へ行ったら、とにかくやめるように言われるのではないか」と思って、二の足を踏んでしまう方は少なくありません。実際、アルコールの問題は、周囲から「意志が弱い」「やめればいい」と言われやすく、そのたびに傷ついてきた方も多いと思います。
しかし、現在の標準的な理解では、アルコール使用障害は単なる根性や性格の問題ではなく、治療可能な医療上の状態とされています。しかも治療では、行動だけでなく、その背景にあるストレス、感情、併存する心の問題も含めて扱うことが重視されています。
やめさせる治療がうまくいかない理由
「飲むな」と言われること自体がつらくて、受診から遠ざかってしまう方がいます。これは不思議なことではありません。もし飲酒が、不安をしのぐ、孤独をまぎらわせる、気持ちを落ち着ける、といった役割を担っていたなら、行動だけを急に奪われることは、その人にとって支えを失うことに近いからです。
アルコール使用障害では、飲酒をやめたときに強い不快感や陰性の感情状態が前面に出やすいことも知られており、そこを扱わずに「行動だけ止める」ことは続きにくくなります。

アルコールは敵ではなくメッセージ
もちろん、飲酒によって生活や健康、人間関係が傷ついていくなら、放っておいてよいわけではありません。ただ、アルコールを単純に「敵」とみなしてしまうと、大事な手がかりを見落とします。なぜ飲みたくなるのか。どんな場面で量が増えるのか。飲んでいるとき、何から逃れているのか。そこには、その人なりの苦しさや工夫が表れています。
NIAAAも、ストレスや気分の落ち込み、不安などが飲酒の悪化と関係しやすいこと、再発予防でもそうした引き金への対処が重要だと示しています。アルコールは「ただ悪い癖」なのではなく、「今の自分が何に苦しんでいるか」を知らせるメッセージとして見る必要があります。
釈然感がない行動は反動となる
本当に大事なのは、「今すぐ完全にやめられるか」だけではありません。その前に、「自分は何をしのぐために飲んでいるのか」を理解することです。背景にうつ、不安、トラウマ関連の症状、睡眠の問題などが隠れていることは珍しくなく、それらを一緒に見ていくことが治療の入り口になります。
SAMHSAも、トラウマに配慮した支援では、安全感、信頼、協働、本人の力を取り戻すことが大切だとしています。つまり相談とは、何かを一方的に取り上げられる場所ではなく、「なぜこうなっているのか」を整理していく場所でもあるのです。
不本意になるまでアルコールを使わざるを得ない事情をみつめることから、回復は始まります。ただただ何も考えず止めたところで、別の何かの依存症・衝動行為・強迫思考として反動が出てきます。もしかしたらこちらの方が当事者にとっては、避けたいところだったかもしれません。
注釈一覧
※1
NIAAA(National Institute on Alcohol Abuse and Alcoholism)
アメリカ国立衛生研究所(NIH)の研究機関の一つで、アルコール使用障害の研究・治療指針を示している機関。アルコール依存の原因、回復、治療方法などの研究を行っています。
参考
https://www.niaaa.nih.gov
※2
SAMHSA(Substance Abuse and Mental Health Services Administration)
アメリカ保健福祉省の機関で、依存症や精神疾患の支援・治療プログラムの指針を示している組織。トラウマを考慮した治療や回復支援の考え方を提唱しています。
参考
https://www.samhsa.gov
院長プロフィール
川崎沼田クリニック 院長
日本精神神経学会 専門医
沼田真一
平成12年、秋田大学医学部卒。
同年東北大学医学部精神科に入局後、東北会病院(仙台)嗜癖疾患専門病棟にて併行研修。
平成14年、慶應義塾大学精神科医局に移り、同時に家族機能研究所・さいとうクリニック(東京・港区)で研鑽する。
平成16年、財団法人井之頭病院(東京・三鷹)で、アルコール依存症専門病棟担当医。
平成17年よりはさいとうクリニックで、アルコール依存・摂食障害・DV(虐待)・ひきこもりなど家族問題と精神疾患に従事する傍ら、産業医としての診療や各種のハラスメントなど組織内の人間関係問題に対する相談業務を担う。







