29May

精神科の現場では、いわゆるカスタマーハラスメント(クレーマー)に対しては、患者さんを「加害者にさせない」という観点から、対応の在り方を共有しています。わかりやすく「カスタマーハラスメントから組織を守るにはどうしたらよいか」という方向性を優位にしていると、その対応は天井知らずになり、また何に向けて行動しているかの焦点がぼけてしまうからです。
ちなみにこれはDVや虐待、最近はSNS炎上事件、煽り運転などの事例にも応用が効くかと考えられます。加害者治療という視点です。このように目立ちがちな「被害に遭っている」視点から、ある意味勇気をもって距離をとって形を変えて見つめてみると、要因や目的、及び手段とその根拠が見えやすくなるという事例です。
カスタマーハラスメントの投影という心理 : 「吊し上げ」「八つ当たり」
いわゆるカスタマーハラスメント(医療ではペイシェントハラスメント)は、本来向けたい相手に対して直接言えなかった怒りや不満を、文句を言ってこなさそうな相手(病院職員や駅員、銀行員など)に向けて発散する「吊し上げ」や「八つ当たり」であるケースが非常に多いのです。
それはしばしば「自分が上位の立場にある」と思い込んでいる人によって起こされます。しかし、この加害性の源には、自分より上の立場にいる者から不利な扱いを受けてきたという「受け止めの経験」の蓄積があるのです。つまり、誰かにやられてきたから、自分が上になった時にはやり返すという「倍返し」の心理が根底にあります。

カスタマーハラスメント対応:「加害者にさせない」発想を接遇教育に応用する
私たち精神科では、カスタマーハラスメントをしてしまう患者さんに対する対応として、「余計な加害行為をさせない」ことを前提とした接遇教育を重視しています。これは家庭内暴力(DV)や虐待の改善方針とも通じる考え方であり、「やってしまったが本意ではない」という加害者の後悔や混乱を未然に防ぐアプローチです。すなわち、「加害者にならないで済む関わり方」を現場で工夫して対応しているのです。
にもかかわらず、最近のカスタマーハラスメント対策は「組織を守る」ことが前提となってしまっているケースが目立ちます。これは合理的に見える反面、加害者の心理に目を向けない対応には限界があるとも言えるのです。
カスタマーハラスメントの対応に「楔(くさび)」としての第三者
カスタマーハラスメントにおいて限界を突破するために必要なのは、当事者だけで対応して解決しようとしないことです。実際、精神科の臨床では、加害者と被害者の関係に「第三者」を介入させることで、たとえば親子関係の投影や過去のトラウマに別の文脈を差し込むことが可能になります。カスタマーハラスメントへの対応も同じで、最初から「警察を呼ぶ」ことを非難せず、むしろ冷静な手段として検討すべきなのです。
また、日本の文化には「最初に関わった人が最後まで責任を持つべきだ」という忠誠心に近い発想があります。これはとても美しい考えですが、八つ当たりのようなハラスメントに対しては不向きです。最初に対応した職員がずっと前に立ち続けることで、状況が硬直してしまうリスクもあるのです。
カスタマーハラスメントに対する責任の分散と心理的安全性を両立させるには
精神科医療でも「クリティカル・パス」という考えのもと、個人の責任に偏らない体制を重視してきました。カスタマーハラスメント対応においても、初期対応者がその後も一貫して相手を対応し続ける必要はなく、むしろ別の対応者が間に入る方が、安全性も心理的な距離も保ちやすくなります。
「一気通貫」という言葉の裏にある日本的責任論は、時として問題の長期化と拡大を招きます。むしろ、状況ごとに適切な人物が対応を引き継ぎ、チームで関わるという発想こそが、持続可能なカスタマーハラスメント対策につながるのではないでしょうか。
最後に
川崎市のメンタルクリニック・心療内科・精神科『川崎沼田クリニック』では、カスタマーハラスメントの対応以外にも、さまざまな精神的お悩みをお持ちの方の診察を行っております。下記HPよりお気軽にお問い合わせください。
https://kawasaki-numata.jp