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こころ、こんにちはブログ

    川崎沼田クリニック

トラウマと自己肯定感のありかた (後)

前半はトラウマ当事者に生じがちな「過去まで一気に返してもらいたい」衝動について述べました。

トラウマ体験は、当事者本人が気付かないうちに当事者自身が「当然」と思ってしまう無碍な展開を及ぼす可能性があり、社会との間に新たな影響を及ぼすことがあります。

この一連の考え方のポイントと、当事者の心の裏側を述べます。

“レバレッジ (てこ)”により、重みが増してしまう

繰り返しになりますが、トラウマ体験者が陥りやすい心の展開として、「トラウマによる失った体験や影響を “いまの社会から一気に返してもらおう” と考える」ことがあります。しかしこのような「心の問題」は、社会との間に条件を合わせて妥当性を検討することが出来ないため、「取り返してもらう」境界をつかむことが出来ません。

このような時に過去に強制的な支配体験を受けたトラウマの当事者は、「いくらでも返してもらおう」となってしまうことがあります。取返し願望が無制限になってしまうのです。

このようにトラウマ体験の当事者は実現不可能なくらいの、大きな “レバレッジ (てこ)” をかけてしまいます。この背景には「過去にあれほどの大きな傷を負ったのだから、何倍にもまして、また永遠に取り返させてもらいたい」と考えたくなってしまいます。

しかも過去の体験は当たり前ながら戻ってきません。よって「それならば」と、今後に大きすぎるデコレーション(着飾り)する衝動に駆られます。その様子は一見、社会との「平等性」や「落としどころ」を自ら避けているようにすら見えます。「私だけは周囲と違って得てもいい。なぜならあの時周囲と違って私だけが傷ついたのだから・・・」という展開です。

これはまだトラウマ体験が癒えていない場合には、「大きな利得を得なければ、いたたまれない気持ちが続く」という強迫観念があるでしょう。決してむさぼっているつもりも、ずるやインチキをしたい気持ちではありません。しかしこのように「取り返したい」気持ちがどうしても優位になることで、傍から見れば「落としどころのない展開」に自ら誘導してしまうことにつながります。

このようにトラウマ体験者の一見自己本位な要望は、実はそのような大きく得るつもりはありません。あくまで防衛なのです。しかし社会との対峙の中で、過去まで納得できるようにストーリーを拡げてしまうのです。この「見境がつかなくなる」のがトラウマの影響ではないでしょうか。

極端な考え方や衝動行為は、伏線を言葉にしていく。

私たち援助者は、物事が滞る時は見方を変えるという原則があります。逆説的に考えるのです。そのような見方をすれば「一挙に過去まで取り返したい願望」は、トラウマの支配に苦しむ当事者にとっては「あの時の傷を思いだしてしまわないように・・・取り返す」というブレーキや守り神と考えることも出来ます。もちろんこのような論理は社会では受け入れられがたいため、さらなるトラウマ体験として受けとめてしまう可能性も十分あります。

あるいは日々の出来事に「傷ついた、傷ついた」と声高に訴えていることもあるでしょう。一方で思春期以降は、騒ぐという訴え方は新たな自責感を生み出すリスクです。よってこの矛盾による鬱憤を発散する代替法として、リストカットなどの衝動行為があります。衝動行為は自責感を一時的にでも払拭します。

そこでこのような衝動行動に対しては、その意味を言葉に落とすことによって役に立つものにすり替わります。一方で行動の意味を言語化して管理できていなければ、当事者は釈然感のなさや淋しさを新たに生みだすことにもなりかねません。そして新たな淋しさが生まれれば、さらに回避しようとした結果リストカット・ループが始まることにもなります。

このように一見訝しい考え方や行動には、当事者の敏感なこころが反映されているのです。

トラウマは「取返し」ではなく「昇華」

この取り返しという感覚は、誰かが介入しなければ天井が見つけにくいものかもしれません。一人では「ここまで」という見境がつけにくくなります。よって「あの時の傷を取り返すまでは…」とこだわり続けることに縛られ、目の前の新たなキャンパスを染めていくことを拒むようになります。これが慢性回避行為としてのひきこもりでしょう。

トラウマ体験の折り込みは、現在の社会の事象で記憶をアップデートすることになります。そこには過去の解釈が必要になります。一方アップデートは過去をなかったもの、つまりチャラにするわけではありません。決して出来事を記憶から飛ばすわけではありません。

最後に「いまとあの時は違う」という見境をつけられるようになることが、トラウマからの昇華です。この流れは一人でやろうとしなければ、道筋をつけることに特に難しいことはありません。そして流れがつかめてきた時には、今度は「あの時私は大変だったね」という言葉を、自分自身にかけられるようになっているでしょう。

このような繰り返しで、新たに自己肯定感が積み重なっていきます。

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沼田真一
川崎沼田クリニック 院長
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