4Jun

はじめに
大人になってから、急に感情的になってしまう。理由もわからず「すねてしまう」「不機嫌が続く」「認められたい気持ちが止まらない」——そんな経験はないでしょうか。あるいは、身近にそのような方がいて、どう接したらよいか戸惑ったことがあるかもしれません。
このような反応は、周囲からは「幼稚」「自己中心的」と映ることがあります。しかし心理療法の現場では、その背景に幼少期からの家族関係がひっそりと影響していることが、決して珍しくありません。心は身体とともに大人になっても、その一部が過去の体験のなかに取り残されたままになることがあるからです。
今回は、「子ども返り」と呼ばれる現象を手がかりに、依存症やハラスメントとも共通する心の構造について、できるだけ丁寧に考えてみたいと思います。
失ったものを取り返そうとする心の動きが「子ども返り」
人間には、失ったものを回収しようとする性質があります。行動経済学でいう「プロスペクト理論」が示すように、何かを得る喜びよりも、失ったものを取り戻したい気持ちのほうが、心に強く働くことが知られています。
この傾向は、こころの領域でも似た形で現れます。子どもの頃に十分に甘えられなかった方は、「甘えることができなかった」という損失を抱えています。認めてもらえなかった方は、「認められなかった」という欠如を。安心できる場所のなかった方は、「居場所」そのものへの渇望を。
そうした満たされなかった何かが、大人になった後も心の奥底で動き続け、形を変えて「取り返し」を求めることがあります。それが、日常のなかに「子ども返り」として浮かび上がってくるのです。
「子ども返り」は甘えでなく、最悪を避けるための行動
思い通りにならないとすねる。不機嫌が続く。相手を試すようなことを言う。過剰に認められたがる。——こうした反応を「子ども返り」と呼ぶことがあります。周囲からは、幼稚さや未熟さとして映ることも多いでしょう。
しかし心理的に見ると、これらは「また傷つくことを避けるための行動」であることがあります。すねることで、拒絶を先回りして防ぐ。怒ることで、弱さを隠す。不機嫌になることで、助けを求める。相手を試すことで、見捨てられないことを確かめようとする。
依存症の方が快楽を求めているように見えて、実際には孤独感や空虚感、見捨てられることへの不安という苦痛から身を守っていることがあるのと、構造はよく似ています。極端な行動だからといって、本人が好き好んでそうしているとは限らないのです。
「これ以上つらい思いをしたくない」という、切実な願いのなかから生まれていることがあります。

ハラスメントについて -「子ども返り」から視野を広げて
少し視野を広げると、ハラスメントや過剰な承認欲求の背景にも、似た心の動きが見えてきます。過去に理不尽な扱いを受け続けた方が、自分の正しさを強く証明しようとすることがあります。
本当は別の誰かに伝えたかった言葉が、今目の前にいる相手に向かってしまうことがあります。家族のなかで十分に守られなかった体験があると、人は大人になってからも「安心」を探し続けます。その探し方は人によって異なります。
依存症として現れる方もいれば、ハラスメントや不機嫌として表れる方もいます。承認欲求の強さとして見える方もいます。同じ根っこから、さまざまな形が育ってくるのです。
「未熟」ではなく「未解決」というまなざしを、「子ども返り」に向ける
「子ども返り」という言葉を聞くと、どうしても「幼稚」「未熟」というイメージが浮かびやすいかもしれません。しかし心理療法では、それをむしろ「未解決のサイン」として読み解くことがあります。
我慢を重ねてきた方ほど、後から取り返そうとすることがあります。ずっと良い子でいた方ほど、後から要求が強くなることがあります。犠牲を積み重ねてきた方ほど、「今度は自分が報われたい」という気持ちが切実になることがあります。これは、人として自然な心の動きです。
目に見える行動だけを評価するのではなく、その人が何を失ってきたのか、何を取り返そうとしているのかに目を向けること。それがこの問題を理解する上での、ひとつの手がかりになるのかもしれません。
もし「自分もそうかもしれない」と感じることがあれば、それは自分のこころを知るための、大切なきっかけとなるでしょう。
最後に
川崎市のメンタルクリニック・心療内科・精神科『川崎沼田クリニック』では、さまざまな精神的なお悩みをお持ち方の診察を行っております。下記HPよりお問い合わせください。
https://kawasaki-numata.jp
院長プロフィール
川崎沼田クリニック 院長
日本精神神経学会 専門医
沼田真一
平成12年、秋田大学医学部卒。
同年東北大学医学部精神科に入局後、東北会病院(仙台)嗜癖疾患専門病棟にて併行研修。
平成14年、慶應義塾大学精神科医局に移り、同時に家族機能研究所・さいとうクリニック(東京・港区)で研鑽する。
平成16年、財団法人井之頭病院(東京・三鷹)で、アルコール依存症専門病棟担当医。
平成17年よりはさいとうクリニックで、アルコール依存・摂食障害・DV(虐待)・ひきこもりなど家族問題と精神疾患に従事する傍ら、産業医としての診療や各種のハラスメントなど組織内の人間関係問題に対する相談業務を担う。







