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こころ、こんにちは。ブログ

    川崎沼田クリニック

阪神タイガースという受け皿

 
 
相性
 

今回はアルコール病棟時代に「阪神タイガース」がいかに患者さんの受け皿になっていたかを、私の研修医時代を振り返りながら述べます。

阪神-巨人戦への想い

「何故かわからないけど、アルコールの人って、阪神の帽子を被っている人が多いんだよなぁ…」

これは私が研修医の頃、アルコール病棟について先輩の先生が語った言葉です。地上波やBSという区別もなかった21世紀初めは、プロ野球中継は全国放送では毎日巨人戦が中継されていました。当時の男性アルコール病棟は夕食後はほとんど野球中継…。特に相手が阪神でしかも甲子園が舞台だと、病棟自体が日中から沸き立っていたことがありました。

それこそ盆正月ではありませんが、日中から「今日は阪神の中継があるから…」でスタッフとの会話が成立するので面白いものです。前述のようにプロ野球中継の全国区は巨人戦しかないので、この言葉はおのずと阪神-巨人戦を指します。そこには「阪神戦があるから今日はいろいろと許してね」という含みです。入院中の患者さんなので、阪神戦だからと言って特に何を許すということもないのですが、この何らかの許可を求めるやりとりは、実はアルコールの患者さんにとってとても嬉しがる響きです。上方言葉でいうところの「許してぇな~」「堪忍してや~」などに含まれる距離の詰め方が、アルコールの患者さんには親和性を持っていたのかもしれません。

さて当時のアルコール病棟は、どの病院でも用意されたプログラムはあるものの、生活自体は解放空間で比較的自由度が高いです。それには (症状ではなく) 衝動の病の治療場所という側面の中で、「規律の中で本人なりの選択権がある」生活を提供するというコンセプトだからです。この「選択する」は、大多数の方から見れば当たり前に感じるかもしれません。しかしアルコールの病に ”ならざるを得なかった” 方は、過去に強いられた体験が多く、「選ぶ」という機会が少なかった背景があります。そのような選択肢の少ない生活の中で、「早く・簡単に・確実に」満足感を得るための手軽な矛先が「酔い」というものになっていることが多いのです。

阪神とアルコール問題の共通項を考える

研修医が終了して上京し、新たに東京でアルコール病棟に携わることになっても、やはり阪神の立ち位置というのは変わりませんでした。しかもここは東京です。たくさんの在京球団がある中でも、やはりアルコール病棟の的は「阪神」なのです。アルコール病棟で阪神ファンになっていく人も見かけます。少なくとも当時20年程前は、それほど阪神とアルコールとの親和性は感じたものです。

そこには阪神が持つ様々なコンセプトがあるでしょう。「伝統と歴史を称え、簡単には変えないことが美しさに繋がっている。またいつでも傍にいてくれて、そこに携われば甘えられる…」。現在ではジャニーズや地域を謳った48グループなど、ターゲット層が似ていると考えられる芸能も出てきましたが、「臆することなく忌憚なく」ファンであることをいつまでもアピールできるという意味では、阪神タイガースというエンターテインメントは断然勝るでしょう。

親を初めとした人間関係が巨人に重なる : 「仮想敵」の存在

そして何といってもアルコールに悩む方にとって阪神とリンクする大きな特徴は、巨人という「仮想敵」がいることだと思います。アルコールに “行かざるを得なかった” 人は、子供の頃から対峙した人間関係で「不本意にも飲み込んだ過去」が大きいものです。それが大人になった現実の社会で繰り返されることを毛嫌いし、「酔い」というものでまがいなりにも心のバランスをとっています。そしてその「不本意」を仕掛けられたそもそもの相手が、少なからず親であることが無視できないでしょう。

親は場合によっては立場を盾にして、「強権で、耳を貸さず、都合よく振る舞い、時には強いたり奪いとったり」ができます。このような親の振舞いにも、子どもはただただ飲み込まなければならない…。この親の立ち位置が、大きな権力の「巨人」と重なることになります。また巨人は「東京」の代表で、歴史的には抜かしていった新参者ですから、畿内の過去の隆盛を「奪った」象徴にもなりえます。「親が子供の自由を奪ってのうのうとしている」という思いがある子供側の気持ちに通じてきます。

阪神はこのように巨人に仮想敵という意味を持ちつつも、その存在を他のチームに比べて意識し続けていることも親子関係に被ります。「巨人に勝つ」にことさら意味がもたらされるのは、「強大な権力である親に勝つ」という想いに重ね合わせることが出来ます。そこに阪神タイガースの一つのエンターテインメント性があるのでしょう。

急に阪神ファンになった場合は…。

そもそもエンターテインメントとは、このようにファンがどのような心持ちにあるのかを考えて仕掛けられるものでしょう。前述のジャニーズや48グループといったアイドルグループだけではなく、バラエティ番組に携わる業界、また巷では新たに嗜癖(依存)の対象にもなった様々なゲーム業界では、とても対象者とその心持ちについて綿密に考えられていると思います。私は最近のゲームでは「ウマ娘」好きを拝見しているとき、阪神やアイドルグループにターゲットをあわせた新しいコンセプトツールのように思えます。

最初に戻りますが、当時のアルコールに悩む人 (ちなみにアルコール依存症はアルコールに確実に悩んでいます) にとっては、このように阪神タイガースが持つ大きな側面が、アルコールに行かざるを得なかった流れをある意味優しく包みこんでくれる身近なエンターテインメントとなっていると思えます。

ちなみに、そのように言ってもプロ野球は歴史があります。そもそも「地元で子供の頃から阪神ファン」の場合は、鬱憤として認識する年頃以前のファンです。このような場合は、阪神が必ずしも我慢の吐き出し口として使われる山車にはなっていないでしょう。この場合は前述の「仮想敵」という意識も少ないと思います。よって、「地元出身で子供の頃からの阪神ファン」の場合は、これまで述べてきた心持ちとは必ずしも合致しません。

一方、いつの間にか阪神ファンになった場合は、「現在の生活に不満がある」という指標になるかもしれません。実は最近「今日の試合はナイターなのに、前述のように日中から阪神のことばかり考えて仕事にならない」と来院された方もいました。このような悩みは立派にメンタルクリニックの対象です。「今本当は何に悩んでいるか」「向き合いたくないと思って毛嫌いしているものは何か」「別の道を考えるも、動かずにたじろんでいる理由は何か」など、心の葛藤に向き合うサインかもしれません。

このようにエンターテインメントは、時に自分自身の心映えを映し出してくる鏡と言えます。

 

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沼田真一
川崎沼田クリニック 院長
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