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こころ、こんにちはブログ

    川崎沼田クリニック

ひきこもりの変遷(前)

今回はひきこもりと称された流れを、二回に分けて回想していきます。

「社会的」なひきこもりはいま。

いまから十数年前に、「社会的引きこもり」という本がベスト・セラーになりました。この当時の「社会的」という意味は、SNSを初めとした通信手段によって変化してきています。私は2005年頃の学会で初めてこの本の著者の先生と話しましたが、「ひきこもりは携帯を持たないのです。なぜなら鳴らない電話を持つほどつらいことはないから」と仰っていらっしゃいました。

 この意見を当時はなるほどとは思いましたが、現状はご覧の通りです。当時私は依存症や衝動の治療のカテゴライズには、「現在」という条件がつくことを現場から養っており、あらゆるお話について「一生使えるような結語にはならない」と考えてはいました。

 今やSNSの隆盛で、むしろひきこもりの人ほどスマートフォンは大切になっているかもしれません。自分を隠して世間と睦み合うことができるツールとしてSNSが発展していった部分もあるからでしょう。

コーヒーカップ 2つ

神経症とひきこもり : 未来を憂いつつ、過去の理想を追求してしまう。

神経症の当事者は、毛嫌いしながらも「もうこの状態はどうせ変わらない」と思い込んでしまう癖になりがちです。これは当事者の過去に煽られた体験によるものです。しかしこの結果は裏を返すと「いままでと同じように、これからの暮らしは周囲環境や価値観の変遷で、さらにいかようにも変わる」という柔軟さを持っています。

よって「昔の煽りによって自分はこのようになったが、これからの煽りは私の生活をもう変えない」という思いは実は相反しているのです。ところが「ひきこもり」の人の叫びには、この相反する意見をつなぐ言葉として、今度は「もう遅い」という言葉が使われます。

つまり「もはや手遅れで、どうしようもない」から、引きこもっている。

しかしこの「手遅れ」を受け入れたとしても、「私があの時に感じた理想」が実現することに対しては「遅い」ということでしょう。つまりこの時、当事者の焦点は「過去」の回想になっているのです。

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川崎沼田クリニック

沼田真一
川崎沼田クリニック 院長
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